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福岡高等裁判所 昭和51年(く)24号 決定 1976年5月14日

少年 T・Z(昭三二・九・六生)

主文

原決定を取消す。

本件を大分家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、付添人弁護士○村○淳が差出した抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

抗告の趣意第一点 重大な事実の誤認について

所論は要するに、原判示第一の3の(イ)において、少年は、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和五〇年一二月二一日午前四時すぎころ、大分市中判田国道××号線○○○交差点付近の道路において、普通乗用自動車を運転した旨認定したが、原審証人○尻○の供述および少年の供述によつて明らかなとおり、少年は右日時場所において、自動車を運転した事実は全くないのであつて、少年が自動車を運転した事実があるかの如く述べる、○田○雄および○吉○一の原審における各証言および捜査官に対する各供述は、いずれも、推測的な供述であつて、信用性に欠けるものであり、同じく少年が自動車を運転していた旨述べた○尻○の捜査官に対する供述は、捜査官に迎合してなされた信憑力に欠けるものであるのに、これらに易く信を措いて、少年の各供述および原審証人○尻の前記供述を排斥した原審の事実の認定は、重大な誤認があり、原決定は取消されるべきものであるというにある。

よつて、判断を加えるに、○尻○、○田○雄、○野○男および○吉○一の警察官に対する各供述書(ただし、○田○雄については二通とも、○野○男については二丁分)ならびに、原審証人○田○雄および同○吉○一の各供述によれば、少年は、右犯行の前夜から○尻○らと酒場などで飲酒遊興し、○○大学入口バス停付近のいとこのアパートに一旦立ち寄つた後、午前四時過ころ、同人方から再び出掛ける際、○尻に対し、同人所有の普通乗用自動車を運転させろと要求して、同車の運転を開始し、○○橋付近で○尻と運転を交代するまで運転を継続したことが認められる。もつとも、原審証人○尻○および同○内○の各供述によれば、○尻○は、警察官から前記供述調書の録取を受けた後、再び警察官の面前に出頭し、前記供述を訂正したい旨申出たものであることが明らかであるが、しかし、○尻○の警察官に対する前記供述調書と同人の原審における証言とを対比して検討するに、前者の供述内容は、少年に本件普通乗用車を運転させるに至つたいきさつ、特に同人は、内心では少年に運転させたくなかつたのであるが、断り切れなかつた事情につき、極めて具体的に供述しているものであつて、信憑性に富んでいるのに対し、後者の供述内容は、曖昧で、釈然としたものがなく、信用性に乏しいものというほかない。また、少年は、捜査段階から一貫して、自動車運転の事実を否認する供述態度をとり続けているものであるが、これは多分に少年の性格に基くものと思われる(少年は、家庭裁判所調査官に対し、右無免許運転の事実とともに同一日時に犯した原判示の恐喝の犯行をも否認する態度をとつていたことが窺われる)のであつて、この少年の供述は、易く信用することができない。その他、記録を精査しても、原決定の認定に重大な誤認があることを窺わしめるに足る事情は全く見当らない。

以上のとおりであるから、原決定には、所論の如き事実誤認はなく、論旨は採用し難い。

抗告の趣意第二点 処分の著しい不当について

所論は、要するに、少年を医療少年院に送致した原決定は、少年に対する保護観察を担当している保護司が十分な補導監督を加えることを誓つていることその他の事情に照らし、未だ在宅補導によつて、その非行性を矯正することは十分に可能なものであるから、著しく不当な処分であり、取消されるべきものであるというにある。

よつて、考えるに、本件事件記録および少年調査記録によれば、少年は、昭和四七年一二月二二日、無免許運転、速度超過の非行により、自庁講習を経た後、不処分の審判を受け、同四八年一一月から同五〇年三月までの間に、前後三回に亘り、速度超過等の道交法違反により反則金の通告を受けてこれを納付し、同五〇年四月に犯した道交法違反行為(禁止場所直進)につき、反則金の通告を受けながらこれを納付せず、同年一〇月二三日、保護観察の保護処分に付され、さらに、同年九月に犯した原判示第一の1の(イ)ないし(ハ)の無免許運転、酒気帯び運転、報告義務違反の各道交法違反の非行により、同年一一月七日少年鑑別所送致の観護措置を受けた後、同月一七日、家庭裁判所調査官の試験観察に付されたものの、少しも反省するところなく、同年一二月二一日、原判示第一の3の(イ)および(ロ)の無免許運転および恐喝の各非行を犯す(なお、以上のほかに、同年一〇月一八日、原判示第一の2の無免許運転の非行も犯している)に至つていたものであつて、夜遊び、飲酒遊興の傾向が現われ、さらに、恐喝の非行が発現するまでになつたことが認められる。しかしながら、少年の恐喝の非行は、同種非行の発現としては、初回のものであつて、未だ習慣化しているものとは認め難いものであり、少年鑑別所による昭和五一年三月二六日付鑑別結果通知書中には、少年に対する処遇は未だ在宅保護(専門をもつて足りるとの意見が付されており、また、家庭裁判所調査官作成の同年同月二九日付少年調査票中においては、処遇意見として、保護観察処分もしくは医療少年院送致相当の意見が付されているが、その処遇意見の理由を検討すると、恐喝事件のみでは強度の要保護性は認められず、在宅保護で十分足りるというのである。原決定も、第四処遇と題する部分において、本件恐喝の非行の態様は悪質というべきものであるが、偶発的なものであつて、少年の一般非行に対する親和性は深いものとはいえない旨判示している。

したがつて、少年の非行性(要保護性)として問題とすべき点は、もつぱら、少年の道交法違反(主として、無免許運転)行為の反覆累行にあるのである。そして、少年は、道交法違反の非行により、保護観察に付され、さらに、続いて、家庭裁判所調査官の試験観察に付されていたにも拘らず、無免許運転の非行が治まつていないものであることは、前示のとおりである。しかし、少年の生活史を見るに、少年は、中学生在学当時から、柔道部員として活動してその修練に励み、第二学年時において同部の主将を務め、高校進学後も将来世界的な選手となることを夢見て柔道の修業を続けていたものであるが、不幸にして、柔道練習中の事故により、てんかん性けいれん発作の精神障害を発現するようになり、結局、柔道を断念せねばならなくなつたばかりか、高校の学業の習得も困難となつて、高校二年で中退するの止むなきに至つたことが明らかであつて、このため深い挫折感に陥るとともに、急に人生の目標を失い、その代償として、自動車の運転の反覆累行を選んだものであることが窺われるのである(昭和五〇年一一月一五日付鑑別結果通知書参照)。

したがつて、少年の道交法違反の非行性は、少年の右精神障害が原因となつて発現しているものではなく、この精神障害の治療によつて非行が治まるものではない。少年の右非行性を矯正するためには、少年に対し柔道に代るべき正しい目標を与え、あるいは、人生の目標を自ら探究せんとする意欲を引き出してやることが最も肝要なものと考えられる。そして、少年は家族との親和性を未だ失つておらず、また、少年の父母、兄らも、少年の養育に対する関心も高く、保護能力があるものと認められるのである(昭和五一年三月二九日付少年調査票その他参照)。してみれば、少年を、現時点において家族から全く隔絶された医療少年院に収容して矯正教育を加えるよりも、今暫く在宅補導によつて非行性の矯正を計り、その効果を見究める必要があるものであつて、少年を医療少年院に送致した原決定は、その処分が著しく不当なものといわざるをえないので、論旨は理由がある。

よつて、少年法三三条二項、少年審判規則五〇条に則り、原決定を取消し、本件を大分家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤原高志 裁判官 真庭春夫 金澤英一)

昭和五一年(く)第二四号

決  定

本籍 大分県○○郡○○町○○○原×××番地

住居 右同所

職業 電工

少年T・Z

昭和三二年九月六日生

右の者に対する道路交通法違反、恐喝保護事件について、昭和五一年三月二九日大分家庭裁判所がした医療少年院送致決定に対し、付添人弁護士○村○淳から抗告の申立があり、これに対し当裁判所は昭和五一年五月一四日原決定を取消し、本件を大分家庭裁判所に差し戻す旨の決定をしたので、少年審判規則五一条一項により次のとおり決定する。

福岡少年院長に対し、少年T・Zを大分家庭裁判所に送致することを命ずる。

昭和五一年五月一四日

福岡高等裁判所第三刑事部

(裁判長裁判官 藤原高志 裁判官 真庭春夫 金澤英一)

参考二 少年T・Zの少年調査票<省略>

参考三 付添人弁護士の抗告申立書

申立の趣旨

昭和五一年三月二九日大分家庭裁判所がなした少年T・Zを医療少年院に送致する旨の決定を取消すとの裁判を求める。

申立の理由

一 重大な事実の誤認

原裁判所の前記決定は、少年が昭和五〇年一二月二一日に飲酒無免許運転をなした事実を前提とし、その事実を少年が否認したことを、悪しき情状として評価していると思われるが、当日少年が運転をした事実は全くない。このことは、終始運転の事実を否認している少年の首尾一貫した供述及び○尻○証人の証言に照らして明らかである。

○田・○吉両証人は、交々、○○橋の手前で運転手が交替するのを目撃した旨供述しかつ証言しているが、同人らの供述調書中には、入れ替わつたとの判断の前提となる少年らの具体的動作等に関する供述は全くなく、入れ替りの具体的状況に関する唯一の証拠である○田証人の証言は、「要するに運転していた人が後部に行つて、助手席にいた人が運転席に変つたのではないかと思います」という推測的証言にすぎない。

しかも目撃状況も、自車の前部ガラス窓及び少年の乗つていた車の後部ガラス窓という二重のガラス越しに夜間、下向きにしたライトの灯りで目撃したにすぎず、光の加減で複雑に影が交錯することがあり得ることに照らしても、その信憑性には疑問がもたれるのである。

また積極的に被害車の車を追跡しようとしていた筈の少年が、何故、狭い車内で、せつかく回り込んで被害車の前方に止まつたのに、みすみす被害車を先行させて、運転を変わらなければならないのかも全くわからない。その後の少年らの行動からして、少年らが無免許飲酒の事実の発覚を恐れたなどとも到底考えられないからである。

事実は、○尻証言のとおり、少年の前歴等に照らし飲酒運転の予断を持つた警察官が、執拗にそのような予断に添う供述を求めた結果、当時の心理状態からは全く説明されない奇妙な調書ができたと考えられるのである。なお警察官がこのような予断に固執していたことは、○尻○が最初の取調の直後に供述の訂正のため警察に赴いた事実、(この事実は○内証言によつて明らかである)がありながら、警察官は、そのような申立に関する供述調書を作成しようとしなかつた事実に照らし明らかである。

以上要するに、少年が飲酒無免許運転をしたという事実については、大いに合理的な疑いが存するのであり、原決定の認定には重大な事実誤認がある。決定に対する少年の納得は、矯正効果の確保の上で重要なことであり、事実に反することで少年院に送致されたとの不満が残つていては、処遇効果も著しく損われざるを得ないので、右の点に関する事実認定の是正を求める。

二 処分の著しい不当

原処分は、前述のような事実誤認を前提としているので、事実が正当に認定されれば処分の程度も変更されざるを得ないと思うが、別添嘆願書のとおり、少年の保護司も今後は充分な監視をするので、処分を寛大にされたい旨の強い希望をもつている。少年の非行傾向が少年の父の証言のとおり、不慮の事故を機縁にしているとすれば少年にも気の毒であり、適切十分な治療が望まれるが、医療少年院が果して有効適切な治療をなし得るか否かは疑問である。

右の理由により、処分の程度ないし内容についても、是正を求める。

昭和五一年四月一二日

右附添人

弁護士 ○村○淳

福岡高等裁判所

御中

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